私事で恐縮ですが、この度、本年3月31日をもって、公立学校教員を退職することとなりました。西新宿小学校に着任以来、6年間、保護者の皆様、地域の皆様には、大変お世話になりました。また、この間に出会った子どもたちからも、たくさんのことを学びました。皆様に、心よりお礼を申し上げます。
さて私は、昭和63年に東京都の教員として採用されました。今年度末まで38年間。長いようで、あっという間でした。今振り返ってみると「大過なく過ごした」と言うには、数々の失敗があり、また多くの方にお世話になったりご迷惑をお掛けてしたりしてきたように思います。あまり褒められた教員生活ではありませんでしたが、まあなんとかここまでやってきたというのが実感です。もし「38年の教員生活に点数をつけるとしたら?」と問われれば、「65点」くらいを付けるでしょうか…。
と、ここでふと思うのですが、38年という歳月に点数を付けることに、いったいどれだけの意味があるのでしょうか。仮に誰かに「20点」と採点されたら、私も心穏やかに受け止められる自信がありません。(他者による数値の評価が、最も容赦ないと思います。)さらに、教員としての業績をもっとシビアに捉えられて、例えば教え子の大学進学者数を問われたらどうでしょう。これほどナンセンスな問いはないと思います。このように教員という職業と、その成果を数値で表すこと(数値化)は馴染まないのだと思います。しかし現在、東京都の教員は人事考課という制度の中で数値目標を設定させられ、管理者(校長や教育委員会)に評価されているという現状にあります。そして、さらに悩ましい事柄として、教員という職業が子どもたちの様々な面を切り取って、それを評価しなければならないということがあります。それも、一人一人の子どものよいところよりも、授業で教えられたことをどれだけ身に付けたか(覚えているか)という点に焦点化され、主にそれはテストの点数で測るという形で行われてきました(います)。そこから、子どもたちは「競争-選別」のシステムに組み込まれていくことになります。「受験があるのだから、テストで評価するのは当たり前だ」と思われる方もいると思います。しかし、それぞれがかけがえのない個性をもち、「求めるものも描いている未来も違う」者たちに対して、一元的な価値で評価することの弊害はあまり意識されていないように思えます。それどころか、評価しないことや競争を回避することの方が、子どもにとってマイナスになるという考えにも度々接することがあります。さらには、点数が悪い子どもは努力がたりないのだから仕方がない、人生の落伍者になりたくなかったらもっと努力すべきだという見方をされることさえあります。
このような評価に関する負の側面は、若者の自殺者が過去最多となっていることや、不登校児童・生徒数が最多を更新し続けていることにも表れています。本来、学校の評価とは、先生が指導したことに対する評価のはずです。教えた漢字がきちんと書けるかとか、かけ算ができるようになったかなど、教えた側(先生、学校)がきちんと責任をもって見ていくというのが、評価のあるべき姿なのだと思います。勿論、そのような評価も行われていますが、現状では子どもの側の「できなければならない」という部分が突出し、先生の側は「できる/できない」という「評価のまなざし」を常に子どもたちに向けることとなっています。「指導→評価」ではなく、「評価→選別」のように、「最初に評価ありき」となっていることが、学校が本来追い求めるべき「子どもの学び」を見失ってしまっている原因なのではないかと考えます。
このような現状を何とか変えていくことができないか。このような考えから、私は通知表の廃止などにより、評価を通した学校の改革を模索してきました。「子どもの手に学びを取り戻す」ということが、私の中に大きなテーマとしてありました(今もあります)。道半ばではありますが、一旦学校という場を離れ、自分のできることを探していこうと考えて、今年度いっぱいで退職することとしました。また、現在の学校には「やらねばならないこと」ばかりがあって、学校の自主、自律が脅かされ、先生たちの豊かな発想や多様な個性を発揮しにくい状況にあります。これは、とても憂慮すべき事態だと思います。しかし公立学校に身を置いている限り、数多くの制約があり、革新的な取組みができないことは仕方がないと、思い悩んでもきました。先生と子どもたちが、教室で楽しく一日を過ごし、活動したり語り合ったりしながら、学びを深めていく。子どもたち一人一人がもっている豊かな個性や感性をいかんなく発揮して、どの子も笑顔で生き生きと過ごすことができる。そんな学校や社会となるよう、与えられた場で力を尽くしていきたいと思います。
西新宿小学校の舵取りはすべて後進に委ね、私は皆様のご活躍を少し離れたところから応援させていただきます。これまで本当にありがとうございました。


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